美術品にみるアユタヤ王朝の栄華
今回はアユタヤの美術についてのお話をしましょう。
ビルマ軍の侵略に遭い町が壊滅状態となってしまったアユタヤでは、建築物や美術品などもその影響を受け、ほとんどが失われてしまいました。残されたわずかな美術品からわかっていることは、体全体に装飾を施した宝冠仏という仏像が多く作られていたということ。これはアユタヤ王朝が大いに繁栄していたということを如実に物語っています。
アユタヤ王朝では王の権威を誇示するために、豪華な装飾品などを身につけようとしていました。そのため工芸品や美術品の制作には費用と労力を惜しまず注ぎ込んだと言われています。当時作られた黄金の壺や煌びやかな宝石で細工された品々は現在でも高い価値をもっています。
特に石や青銅で作られた仏像は貴重とされている美術品のひとつ。才能の欠如を疑ってしまうような仏像は、アユタヤ王の嗜好と意思を優先して制作されたため、それが定型化したようです。
また、独特の表現がみられるアユタヤの絵画には、美術史的な価値が認められています。
かつてアユタヤ絵画の最高傑作とまで言われていたワット・ブッタイサワンにあった壁画は1969年の修復工事の際にミスがあり全て損壊してしまいました。非常に残念なことです。残された数少ない写真から、構図上のコントラストがすばらしい絵で、タイの伝統演劇と密接な関係があったということがわかっています。
アユタヤのチャウ・サーム・プラヤー国立博物館ではワット・ラージャ・ブラーナの地下で見つかった金の器や、アユタヤ朝以前に繁栄していた時代の貴重品も展示されています。アユタヤへ旅行の際は、ぜひ足を運んで当時の栄華に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。